国道399号線は福島の県北から浜通りまで斜めに縦断する
幹線道路で、その沿線で採れる主な石の銘柄を挙げると、
北から花塚みかげ・青葉みかげ(飯舘村)、高太石(川俣町)、
白馬みかげ(浪江町)、滝根みかげ(川内村)など…いずれも阿武隈高地を形成する標高800〜900m級の山ばかりである。しかし、「中山石」は縮尺10万分の1の地図に標高すら載っていない中山地区(船引町の地名)で採掘されています。どちらかというと「人里離れた近所の裏山」といった印象です。
福島産の黒みかげ(閃緑岩)というと「浮金石」を思い浮かべる人が圧倒的に多いですが、この「中山石」も然りで、中山地区から数qの至近距離にある移ヶ岳(994m)周辺は、もともと牡丹模様の入った「移黒みかげ」(美山石・石沢石など)の産地であり、浮金石の黒石山及び鞍掛山と共にいずれも船引町に位置することで知られています。同地区での採石は昭和初期に始まり、中山石の採掘がスタートしたのは30年ほど前のことです。現在の採石量は月産300切ほどになります。
原石には黒手と白手の2つの色合いがあり、石目の整った、耐久性に優れる、光沢の美しい石として高い評価を得ていますが、閃緑岩に共通する問題として、キズやムラが多く、大材の確保が極めて難しい石材です。そのため、ワイヤーソーを導入し、良材をしっかり見極めてから加工するようにしています。

主に石塔や外柵に用いられますが、一部は記念碑や社標としても利用されています。3年前、皇太子ご夫妻に待望の愛子様(敬宮殿下)がお生まれになったとき、その誕生を祝う記念樹の石碑が栃木・那須の御用邸近くに建立されていますが、これも中山石で製作されています。
こうして振り返ってみると、生誕記念や墓石、慰霊碑など…事あるごとに石が人々の生死に関わってきたことは、単なる素材としての耐久性だけではなく、それは人々が喜怒哀楽を託したり、後世にメッセージを伝える最良の素材であることの証なのかも知れません。とりわけ、中山石が放つ深みのある光沢には人の心に訴える何かが秘められているような気がします。時勢に流されず、いつまでも残ってほしい石であると願が得ています
。